こんにちは、特許事務所で勤務している機械系弁理士キックです。
これまでに350件以上の特許出願書類を作成してきました。
今回の記事は、
- 挿通の意味は、どこに載ってる?
- 挿通の代わりの表現は?
- 挿通は特許公報でどの位使われているの?
といった疑問をもつ知財関係者(特許用語に慣れていない方)に向けて、挿通について解説します。
挿通の意味は「孔に通すこと・刺し通すこと」

挿通は「特許技術用語集」に載っている
特許公報に特有の技術用語(特許用語)が多く収録されている「特許技術用語集」に、挿通の意味が記載されています。
特許技術用語集によれば、挿通の意味は以下のとおりです。
挿通〔そうつう〕to insert into 孔に通すこと。刺し通すこと。
出典:特許技術用語委員会(2006年)「特許技術用語集 第3版」 日刊工業新聞社
特許技術用語集は、知財裁判で利用されている?

「挿通の意味・出典は分かったけど、知財裁判で『特許技術用語集』が使われたことがあるの?」との疑問がでてくるかもしれません。
結論からいうと、特許技術用語集は知財裁判で利用されています。
以下の引用は、知財裁判の判決文における「当裁判所の判断」からです。
「当裁判所の判断」とは、原告・被告の主張ではなく、裁判所の判断が述べられている箇所です。
⑶ 争点1-3(「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」(構成要件D及びE)の充足性)について
出典:知財高判令和3年3月8日 裁判所 HP 参照(令和2年(ネ)10035号)特許権侵害差止等請求控訴事件
ア 「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」の解釈
(ア) 構成要件Dには「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」という文言があり,…(略)。乙27(「特許技術用語集 第3版」(特許技術用語委員会編)113頁)には,「挿通」の意味として,「孔に通すこと」,「刺し通すこと」と記載されているところ,「孔に通すこと」は,孔の反対側端面に至るまで深く差し込まれている状態をも含むものと解されるから,乙27の記載は,上記の解釈に反するものとは認められない。
このように特許技術用語集は、知財裁判で「挿通」の解釈に利用されたことがあります。
でも、「挿通」は広辞苑などには載っていない

「挿通」は、特許用語を収録している特許技術用語集には載っていますが、広辞苑などの以下の辞典には掲載されていません。
よって、「挿通」は特許用語の可能性が高いといえるでしょう。
- 広辞苑 第7版(2018年)
- 大辞林 第4版(2019年)
- デジタル大辞泉(2022年2月時点)
- 精選版 日本国語大辞典(2006年)
- JIS工業用語大辞典 第5版(2001年)
- マグローヒル科学技術用語大辞典 改訂第3版(2000年)
- 学術用語集 機械工学編(増訂版)(1985年)
広辞苑などの国語辞典、JIS用語辞典、マグロ-ヒル大辞典
広辞苑などの上記1~4の国語辞典、上記5のJIS工業用語大辞典、上記6のマグロ-ヒル科学技術用語大辞典は、知財裁判において、用語の解釈に利用されている代表的なものです。
そのため、これらに「挿通」が掲載されているか否かを確認しました。
学術用語集
「挿通」が学術用語集に掲載されているか確認した理由は、特許法施行規則に「技術用語は学術用語を用いる」と定められているからです(特施規24条様式29備考7、同24条の4様式29の2備考8)。
学術用語集には、数学編や物理学編など数多くありますが、特許用語は機械系の特許公報で使用されることが多いので、機械工学編を参照しました。
挿通の代わりの表現

「挿通」は特許用語の可能性が高いので、別の表現を考えてみましょう。
特許技術用語集によれば、挿通の英訳は [to insert into] です。
そこで、[insert] の意味を確認してみます。
insert 〈物を〉(…に)挿入する,差し込む≪in,into≫
出典:プログレッシブ英和中辞典 第5版(2012年)小学館
[insert] の意味から、挿通の代わりになりそうな「挿入」「差し込む」が見つかりました。
念のため「挿入」「差し込む」の意味を広辞苑で確認しておきましょう。
【挿入】 さし入れること。さしこむこと。
【差し込む】 突き入れる。差し入れる。
出典:広辞苑 第7版(2018年)岩波書店
このような意味からすると「挿入」「差し込む」は、挿通の別の表現となりそうですね。
ところで、挿入の意味「さし入れる」と、差し込むの意味「突き入れる」については、広辞苑に下記のように記載されています。
【差し入れる・挿し入れる】 中へ入れる。隙間や穴に入れる。
【突き入れる】 勢い激しくさしこむ。つきこむ。
出典:広辞苑 第7版(2018年)岩波書店
「突き入れる」の意味には、「勢い激しく」が含まれていますが、「挿通」は、「勢い激しく」なくても良さそうですね。
このため、「突き入れる」は「挿通」の代わりの表現としては、除くことにします。
したがって、挿通の英訳から出発して、抽出された「挿通」の代わりの表現は、以下のとおりです。
- 挿入
- 差し込む
- さし入れる(差し入れる・挿し入れる)
特許・実用新案公報における挿通の出現率

挿通の出現率は、7.8%~9.0%(2012年~2021年)
「挿通」が特許・実用新案公報にどの位記載されているか調べてみました。
年 | 挿通が出現する公報数 | 公報発行数 | 挿通の出現率 |
2012 | 23,768 | 299,572 | 7.9% |
2013 | 24,374 | 312,594 | 7.8% |
2014 | 23,672 | 284,034 | 8.3% |
2015 | 23,749 | 277,573 | 8.6% |
2016 | 24,006 | 274,006 | 8.8% |
2017 | 24,384 | 274,468 | 8.9% |
2018 | 22,677 | 251,802 | 9.0% |
2019 | 23,739 | 264,111 | 9.0% |
2020 | 21,490 | 249,050 | 8.6% |
2021 | 20,498 | 240,130 | 8.5% |
挿通の出現率は、2012年~2021年の10年間、7.8%~9.0%(約13件に1件の割合)で推移しています。
調査データの出所
「挿通が出現する公報数」は、CyberPatentDesk(サイバーパテント社の特許情報サービス)を用いて検索した結果です。
本文全文(特許請求の範囲/実用新案登録請求の範囲、明細書、要約書)に1回でも「挿通」が出現する公報を抽出しました。
「公報発行数」は、特許庁ウェブサイト(過去の公報発行表)に基づいています。
調査対象の公報
調査対象の公報は、2012年~2021年に発行された公報のうち、次の3つです。
- 公開特許公報
- 公表特許公報
- 登録実用新案公報
登録公報、再公表特許は、調査対象の公報に含めていません。
調査対象に登録公報を含めていない理由
調査対象に登録公報を含めてしまうと、同一の出願について、公開・公表公報+登録公報と二重にカウントすることになり、出現率の調査にあたって好ましくないと考えたからです。
なお、公開・公表の前に登録公報が発行された出願については、後に公開公報・公表公報が発行されますので、取りこぼすことはありません。
調査対象に再公表特許を含めていない理由
再公表特許は、2022年1月から廃止されました。
このため、2021年までの出現率と、2022年以降の出現率とを比較することを考慮し、調査対象から再公表特許をはずしました。
まとめ
今回は、「挿通」について解説しました。ポイントは、以下のとおりです。
- 挿通の意味は「孔に通すこと。刺し通すこと。」(特許技術用語集)
- 挿通の代わりの表現は、
- 挿入
- 差し込む
- さし入れる(差し入れる・挿し入れる)
- 特許・実用新案公報における挿通の出現率は、7.8%~9.0%(2012年~2021年)

参考資料
特許技術用語集 第3版(2006年)
広辞苑 第7版(2018年)
大辞林 第4版(2019年)
JIS工業用語大辞典 第5版(2001年)
マグローヒル科学技術用語大辞典 改訂第3版(2000年)

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